2018/5/21

かつて、本気で目指したミュージシャン。今は、音楽と同じくらい仕事が楽しい!

大野 悠太さんの転職体験記
前職ユニフォームの法人営業
現職アパレルショップの店長
大野 悠太(27歳)
Yuta Ono
  • 応募社数5
  • 面接社数3
  • 転職までにかかった期間
この体験記のポイント
  • バンドとアパレル。2つの好きなことの間で迷った後、音楽活動を理由に退職。
  • 再び正社員を目指し、転職活動をスタート。先のことまで考えて慎重に仕事探しを進めた。
  • 入社3ヶ月でバイヤー、3年で店長へ。夢中になれる仕事に出会い、現在は充実した日々を過ごしている。

夢はミュージシャン。好きなことをして生きたかった20代前半。

大学卒業が迫る中、僕は就職するかどうか悩んでいました。というのも、当時の僕はギタリストで、バンド活動に夢中だったから。ずっと音楽を続けていきたい気持ちが強かったんです。でも「働かないといけないかな」と思い、とりあえず何社か選考を受けていました。同時に、なんとか音楽を続けていく方法がないかも考えつつ就活を進めていた僕でしたが、バンド活動に理解を示してくれた企業との出会いがありました。仕事以外の時間をなるべく音楽活動に充てられるように休日を調整するなど、配慮してくれそう…そう感じ、入社を決めました。

就いた仕事は、法人向けにユニフォームを提供する会社の営業です。企業は集客やブランディングなどの何かしらの悩みを抱えていらっしゃるので、その悩みをユニフォームで「解決できないか?」を考えていくのが、営業の役目でした。使う素材やデザインを工夫して、お店の雰囲気を明るくするようなユニフォームをつくったり、会社のイメージにピッタリのユニフォームをお客様と一緒にカタチにしていったりと、楽しかったです。

休日はもちろんバンドの練習。平日は仕事、休日は音楽活動…という日々を過ごし、念願だったCDのリリースもできました。そうするうちにやはり「音楽に専念したい」という気持ちが大きくなって…。入社から半年経つ頃、退職を申し出ました。

途切れてしまったミュージシャンへの道。音楽を諦め、将来を考えた。

仕事を辞めてからはバンド活動に没頭しました。2年くらいずっと、バイトで生計を立てる音楽中心の生活を続けたんです。でも、音楽で食べていくことはできず…。バンドの解散が決まり「もうすぐ20代後半に差し掛かるのに、こんなに自由に生きていいのか?」と自問自答する日々に苦悩しました。いろいろ考えた末に僕が下した決断は「ミュージシャンの夢を諦めること」。辛い決断ではありましたが、正社員として働くために複数の転職サイトに登録。転職を開始したんです。

就職先を探していくと、惹かれるのはアパレル業界の会社ばかりでした。元々洋服が好きなので「働くなら、好きなものに関わる仕事がいい」という気持ちがあったんです。でも、すぐに応募はしませんでした。ちゃんと勤め上げたいと思っていたので、慎重に仕事探しを進めていきたくて。エントリーや面接を進める前に、アパレル業界で働く何人かの知人に話を聞きました。

その時にもらったのが「洋服は生活と密接な関係にあるから、アパレル業界は仕事とプライベートが近くて楽しいよ」という言葉。セレクトショップで働く友人の言葉なのですが、いろいろなアドバイスをもらう中でも特に印象に残りましたね。この言葉がアパレル業界で働く後押しになりました。自分も「この業界なら、楽しみながら働けそう」そう実感できたんです。

人気店の販売スタッフ、有名ブランドの商品管理、海外ブランドを扱う商社の営業…、いろいろと求人を見ていく中で気になったのは、「キャリアを広げていける会社」なのかどうか。キャリアパスが用意されている企業に魅力を感じるようになり、応募を進めていきました。

未来ガ驚喜研究所の求人に出会ったときも「海外に買い付けに行けるチャンスがある」「エリアマネージャーやVMDを目指せる」といった将来的なことまで書かれているところに魅力に感じました。「本当かな?」という疑念もありましたが…、まずは会社のことを知ろうと応募したんです。

面接で未来が描けるなんて…。「ここで働きたい!」と思った。

代表との最終面接では、とにかくワクワクしたことを覚えています!会社と自分、お互いのことをじっくり知っていき、ここでの未来についてイメージすることができたんです。

人見知りで緊張していたのに「うちに入ったら何がしたい?」と、いきなり核心をつくような質問を投げかけられて面接がスタートしたのには驚きましたが…。代表は人から話を引き出すのが上手な人でした。気付けば、プライベートのことも含め、ざっくばらんにいろんな話をしていて。僕のことを聞くだけでなく、代表からも「これから会社をこうしていきたい」という話をしてもらえたのがうれしかったですね。おかげで僕の企業理解も深まり、この会社で働いた未来を想像することができました。活躍する先輩たちの話を聞くうちに、求人に書いてあったキャリアパスについても本当の話だと実感。面接後すぐに内定の連絡をいただき、入社を決めました。

バイヤーから店長に。仕事に熱中するほど、キャリアが広がっていく。

入社3ヶ月目にはバイヤーになりました。都内のメイン店へ配属されたんですが、入社後すぐに「自分もお店に置く商品選びがしたい。バイヤーになりたい!」と思うようになりました。上司にその想いを伝えると「3ヶ月、店舗の売上目標をクリアしたらバイヤーを任せる」と言ってもらうことができたんです。無事に達成できたので、晴れてバイヤーデビューしました。うちの会社は成果を出せばチャンスを与えてくれる会社。その風土が魅力的だと実感しましたね。

ユーズドのブランド服などを扱う店舗なので、バイヤーは個人のお客様から商品を買い付けます。お店に持ってきていただいたり、郵送で届けられたりしたアイテムの中から、店頭に並べる商品を厳選していました。バイヤーを1年ほど経験した後は、チーフに昇格しました。ミッションは、各店舗の接客スキルの向上。地方にある店舗にも定期的に出張し、店舗間で接客に差が出ないように、スタッフの育成に尽力しました。

そして、入社3年目になったこの春。ファッションの聖地にオープンする新店の店長を任せてもらえることになりました。こうして新しいミッションをどんどん任せてもらえる環境に、すごくやりがいを感じています!

長く音楽中心の人生を歩みながら、ミュージシャンの夢は叶えられなかった僕。でも、今は好きな洋服に囲まれ、充実感に満ちた日々を過ごすことができています。これも、将来を見据えた仕事選びができたからだと思います。
成功の秘訣!わたしの転職体験記イメージ1
成功の秘訣!わたしの転職体験記イメージ2
採用担当者の声
成功の秘訣!わたしの転職体験記イメージ3

自分の人生に真剣に向き合ってきたか。それがうちの採用基準です。

人事部 部長
工藤 智也
評価したポイントと採用理由 弊社の採用基準は明確。1つ目は自分の人生に当事者意識を持って生きていること、そして2つ目は人に優しくできること、です。バンドマンとして生きていた彼は、そのどちらも満たしていました。

社会人としての生活をスタートさせつつも、もう1度音楽という夢を諦めなかった彼が、意思を持ってこれまでの人生を歩んできたことは自明。仕事においても、何でも「自分ごと」と捉え、一生懸命頑張ってくれそうだと感じました。

そして、人を気遣える優しい性格だったことも評価しました。バンド時代の話を聞くと、彼はメンバーのサポートにまわるタイプだったようで。プライベートの話を聞いていても、人に思いやりを持てる優しい性格ということが伝わってきました。

そんな面接での印象から「彼ならメンバーを上手くまとめつつ、店舗運営ができる」と確信が持てました。実際、入社3年目で店長というスピード出世を果たしているわけですが、代表は面接のときから彼が出世するタイプだと見ていたようですよ。これからも彼らしく人を巻き込みながら、いいお店をつくってほしいですね。
企業情報
会社名株式会社未来ガ驚喜研究所 資本金2000万円
事業内容デザイナーズブランド衣料、アクセサリー、バッグ、靴などの買取・販売 従業員数160名(2018年3月現在)
掲載中の求人情報
職種イメージ1 バイヤーになるには、特別なキャリアが必要だと思った。新感覚セレクトショップのバイヤー ★月8日休み/手当充実
給与月給22万円~35万円+賞与年1回+各種手当 ◎年収例/700万円(5年目)
勤務地東京・大阪・愛知・福岡の各店舗 ※希望考慮、転勤なし