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『シャナ』『とある』『俺妹』他、累計8000万部売った男の"ズラす"ヒット術|編集者・三木一馬の履歴書

『灼眼のシャナ』『とある魔術の禁書目録』シリーズなど、ライトノベルの大手レーベル「電撃文庫」から編集者として数々のヒット作品を送り出し、2016年に独立して株式会社ストレートエッジを立ち上げた三木一馬さんの履歴書を深堀りします。作家のことを第一に考え、試行錯誤する編集者としての日々を振り返りながら、コンテンツ業界への思いも聞きました。

三木一馬さんの履歴書メインカット

『灼眼のシャナ』『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』。三木一馬(みき・かずま/ @km_straightedgeさんの編集者としてのポートフォリオには、目もくらむような大ヒットタイトルが並びます。手がけたライトノベル作品の累計発行部数は、なんと8000万部超(2021年7月現在)。まさに、ヒットメーカーです。

ライトノベルの大手レーベル「電撃文庫」の編集者として、その後、電撃文庫編集部・編集長としても活躍してきた三木一馬さんですが、過去を振り返ると、「小説を読まない学生だった」と笑います。そして「編集者の仕事を熱心に志望していたわけではない」とも。

「ヒット作品の作り方にセオリーはない」と強調する三木さんですが、その履歴の裏に、ヒット作誕生を支える揺らぐことのない「作家・読者ファースト」の姿勢が見えました。

三木一馬さんの履歴書画像

三木一馬さん:株式会社ストレートエッジ代表取締役。編集者。1977年生まれ。上智大学理工学部を卒業後、ゲームや漫画、ライトノベルなどのブランドを展開する株式会社メディアワークス(現:KADOKAWA アスキー・メディアワークス)に入社。ライトノベルを刊行する「電撃文庫」編集部に配属され、編集者として『灼眼のシャナ』(高橋弥七郎)、『とある魔術の禁書目録』(鎌池和馬)、『ソードアート・オンライン』(川原礫)など、アニメ化をはじめとするメディアミックス作品を数多く送り出す。電撃文庫編集部・編集長を経て2016年にKADOKAWAを退社。株式会社ストレートエッジを創立し、作家の育成やIPプロデュースなど、コンテンツ業界を舞台に幅広く活動中。著書に『面白ければ何でもあり 発行累計6000万部──とある編集の仕事目録(ライフワーク)』(KADOKAWA)がある。

入社2年目で電撃文庫編集部に配属されるも、文芸には全く興味がなかった

──三木さんの担当作品を見ると、アニメ化されて大ヒットした作品が多いですよね。私も『とある魔術の禁書目録』『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』をアニメから知りました。

ありがとうございます! アニメ化すると作品を見てくれる人の数がグッと増えます。そこから原作ノベルに関心を持ってもらえるのが、編集者としては一番うれしいことです。

三木一馬さんの笑顔

──今回は、こうした名作が生み出された背景にある三木さんの歩みをお伺いします。どんな学生時代を過ごしてきたのでしょうか?

スポーツやアウトドアは好きではなく、幼い頃からずっと家で漫画やゲームを楽しんでいるインドアなタイプでした。僕は徳島県出身で、子どものころはまだインターネットもない時代。読んでいたのはもっぱら『ジャンプ』『サンデー』『マガジン』などのメジャー誌で、ゲームもファミコンやスーパーファミコンのメジャータイトルばかりでした。『ジョジョの奇妙な冒険』は1巻から愛読している古参です(笑)。

漫画は大好きだったのですが、小説はほとんど読んだことがありませんでした。純文学はもちろん、若者向けのノベルにも関心はなかったんです。

──現在の経歴から考えると、意外な学生時代ですね! そこからなぜ、編集者という仕事に就くことになったんですか?

高校卒業後、徳島を出て東京の大学に進み、理工学部に所属していました。大学生活は充実していたというよりは、近くにある雀荘で友達と麻雀三昧で……(笑)。ただ、東京はいろいろなカルチャーが集まる都市なので、地元にいた頃よりも触れられるマイナーな趣味が多くてすごく新鮮でした。大学でも相変わらず、『ジャンプ』やプレイステーションなどの漫画やゲームに触れていたと思います。

そんな4年間を過ごしていざ就職を考えたときに、友達たちは理工学部らしく研究職やシステムエンジニアの道を選んでいました。でも僕は成績もいまいちだったので、友達とは違う企業に就職しようと思ったんです。せっかくだから楽しいと思えることを仕事にしたいな、と考えてテレビ局やレコード会社などを受けましたが、全部不合格(笑)。唯一内定が出た出版社、メディアワークスに就職したんです。

──1年目にさっそくキャリアグラフがどん底になっていますが、ここでは何があったんですか?

三木一馬さんのキャリアグラフ1

かなり周囲に迷惑をかけていたな、と思う時期ですね。

メディアワークスって、ある程度カジュアルな服装が許されている職場で。僕たち新卒メンバーも比較的カジュアルな服装で通勤していたんですが、ある日エレベーターで乗り合わせた先輩が、なんと短パンをはいていたんですよ。「こんな服装もOKなんだ!」と、僕は翌日短パンで出社しました。すると、上司にめちゃくちゃ怒られたんです。「お前、なめてるのか!」って。よくよく考えたら、僕がいる部署は編集部じゃなくて取引先の会社との対応が必要な間接部署だったんです。なので怒られるのは当たり前ですよね。罰として翌日からスーツ出社となり、謎の連帯責任で何も悪くない同期までスーツ出社を義務付けられてしまいました。本当に申し訳なかったです……。

当時の自分を思い返すと、仕事の手際はさほど悪くないし、そつがなくこなしていたのですが、その分、上司や先輩から見て一生懸命頑張っているように見えなかったんだと思うんです。最近は就業時間内に仕事を終わらせる効率の良さが評価される時代になってきましたが、あの頃は残業して遅くまで頑張っている人が善しとする風潮もある時代だったので、まあ端的に言ってクソ生意気に見えたのかもしれません。

1年目は資材の調達や進行管理が主な業務で、作家さんを担当して直接売上を生み出している先輩たちとは役割が全く違うんです。「編集者として早くバッターボックスに立ちたい」とくすぶっていました。

──そして入社2年目から電撃文庫に配属され、いよいよバッターボックスに立ったんですね。

そうですね。でも電撃文庫への配属は会社の采配で、僕が希望したものではなかったんです。僕は一番売れている編集部に行きたかったので『電撃PlayStation』や、ガンダムが好きなので『電撃ホビーマガジン』などを希望していたんですが、結果的には配属されませんでした。

三木一馬さんの正面

2年目から電撃文庫の編集部に配属され、そこで初めてライトノベル(以下、ラノベ)に触れました。最初は「小説を読まなきゃいけないのか……」と少し落ち込みましたが、そのとき手にとった『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平)が、想像していた以上に面白かったんです。「ラノベって子供向け」というなめた先入観があったのですが、そのイメージが覆りました。

あと「ラノベって漫画に似てるな」と思ったんです。

僕の数少ない読書歴を振り返ると、一般小説は、基本的に一冊で完結します。「続刊」ってあまりないと思っていたんです。でもラノベはそうではなくて、壮大な世界の謎はそのまま「続く」で終わるのが珍しくない。それって漫画と同じ構造だなと感じたんです。だから、小説というよりも漫画を作るような感覚でやればいいのでは、と自分なりに考えました。そこで希望が見えた気がします。

愛着や固執がないからこそ、徹底した読者ファーストを貫けた

──入社3年目、編集者になってから2年目の頃に担当作品『灼眼のシャナ』(以下、『シャナ』)が刊行され、キャリアグラフも上向きになりました。『シャナ』はここからどんどんヒットしていきますが、自信はありましたか?

全然ありませんでした。『シャナ』の作者、高橋弥七郎さんはデビュー作の『A/Bエクストリーム』から僕が担当していましたが、そちらが思うように売れなくて。高橋さんと一緒にそのときの反省をくり返して作った新作が『シャナ』でした。

電撃文庫の読者層は今でもそうですが、ジャンプやマガジンのようなメジャー誌だけを読む層ではなくて、もっとコアなコンテンツを好む層なんですよね。そういう人たちに届くものって何だろう? と研究していました。

僕は昔からメジャーな漫画やゲームは好きだけど、そういったコアな作品に触れてきた層ではなく、どんなところが面白いのか“肌感覚”がなかった。だから、自分の心の中から出てくる「面白い!」をいったん封印して、「電撃文庫の読者に『面白い』『読んでよかった』と思ってもらえる作品はどんなものなのか」を深掘りしたのが『シャナ』なんです。

──自身のアンテナではなく、読者のアンテナに響くものを作ったんですね。「自分にとっての面白い」を封印することに葛藤はありませんでしたか?

全然なかったです(笑)! なにしろ僕は小説に興味がなかった人間ですから、こだわりなく柔軟に企画に向き合えたことが、いい方向に働いたと感じますね。

「これが面白いはずなんだ!」という自分の考えに固執せず、読者のペルソナに沿って作品を徹底的に考え、作者の高橋さんがそれに応えてくださったおかげで、『シャナ』はヒット作へと成長していったのだと思います。

担当作品が続々ヒット。そのカギは「人気作から“1度”だけ角度をズラすこと」

──2004年には『とある魔術の禁書目録』の1巻が刊行され、2005年には『シャナ』がアニメ化。さらに2008年には後にアニメ化される『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の1巻が刊行されるなど、ヒット作へと成長する作品が数多く生まれています。キャリアグラフからも好調さがうかがえます。ヒットの手ごたえはいつごろ実感できるものですか?

三木一馬さんのキャリアグラフ2

3巻くらいまで刊行されると「軌道に乗ったかな」と感じることが多いですね。そこから先、どれくらい上振れしていくかは作品のポテンシャル次第で、読めない部分も大きいです。が、とにかく「離陸はできたぞ」という感覚で、シリーズとして読者に覚えてもらうことを考え始めます。

だからこそ、読者の反応はとても気になるんです。この時代にはもうインターネットが普及してきて、ラノベの感想を書いているブログもたくさんあったので、そこの記事をよく見ていました。読者の反応を見て、人気の出そうなキャラクターをプッシュすることもありましたね。

たとえば、『とある』シリーズのスピンオフである『とある科学の超電磁砲』の主人公である御坂美琴は、『禁書目録』の第1巻では10ページくらいしか登場しないキャラクターです。でも読者が“美琴”というキャラクターに魅力を感じてくれているのがわかったので、彼女によりフォーカスした作品を作ろう、と考えました。

──当時の担当作品を見ていると、ヒット作がずらりと並んでいますね。ヒットさせるためのセオリーはあるのでしょうか?

それがあったら苦労しないんですけどね(笑)。もちろん、全部がヒットしていたわけではないんですよ。30歳だった2007年なんかは、1年で70作ほどの編集を担当していて。連日夜中まで働いて、相当ハードな日々でした。売れなかった作品もたくさんあって、でも作家さんにとってはそれが唯一の作品なわけで、心苦しい気持ちがありました。

ヒット作を生み出せた考え方としては……「斬新な作品」を作れば売れる、と思われがちですが、僕はそうではないと。ヒットしている作品から「逆張り」したような「斬新さ」は、受け入れられにくいと僕は考えています。その理由は簡単で、今まで見ていたものと180度違う作品を見せられると読者は戸惑いますし、安心して読み進めることができないんです。

それよりも、今評価されている作品からほんの1度だけ、ちょっとだけズラしたものを作ろうと考えていました。その「1度」が、最初は既存の作品と近くてもずっと線を伸ばしていくと全然違うところに到達するんです。こうした「ちょっとだけズラす」というのが、編集者としての勘所が求められる部分だと思います。

三木一馬さんの横顔

──作家さんは、やはり斬新なものを……とプロットを出してくることが多いんですか?

そうとは限りません。さまざまではありますが、どんなプロットだとしても作家さんは自分の書きたい世界観やキャラクターを持ってくるので、それに対して僕が「こうしませんか?」と、企画をよりメインストリームに寄せつつ、その作品のポテンシャルを引き出せる「1度のズレ」を見つけていきます。

もちろん作家さんが書きたくないと言えば、無理に書かせることはしません。それでも「じゃあ書かなくていいよ」と投げ出すのではなく、「なぜ書きたくないと感じたんですか?」と対話をくり返すんです。「それならこういう方向性はどうでしょう?」と提案していく。うまく着地させていくのが編集者としての腕の見せ所ですね。

レーベル好調の波にも乗り、電撃文庫の看板編集者として活躍

──2012~2014年にはキャリアグラフがピークを迎えます。この時期が現場キャリアのピークだった2007~2011年を上回っているのは、どんなことがあってですか?

三木一馬さんのキャリアグラフ3

これは、担当作品の売上が頂点だった時期ですね。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』『アクセル・ワールド』『ソードアート・オンライン』など、2008年頃から仕込んでいたタイトルがアニメ化したり、『とある魔術の禁書目録』の二期も放送されるなど、作品たちが絶頂期を迎えていました。

レーベル自体の売上もとてもよく、その何割かは自分がけん引しているんだ、という達成感のようなものもあって、とても充実した期間でしたね。

三木一馬さん電撃文庫副編集長のころ

2011年、電撃文庫副編集長のころ、講演する三木さん(写真提供:まつもとあつしさん)

──三木さんの担当作品はアニメ化やグッズ化などメディアミックスされることも多いですが、作家さんとはアニメ化を見据えて制作していますか?

いいえ、アニメにしやすそうな作品を意図的に作ることはしていません。たとえば小説には「叙述トリック」という仕掛けがあります。男性だと思っていた主人公が実は女性だった……とか、実は時系列が全く異なるお話だった……など、小説ならではの文字遊び的な要素があるのですが、それらは映像にできないからこそ面白いのだと思います。

作家さんが「アニメ化させたい!」と望んでいるなら、まずは目の前の読者に面白いと思ってもらうところから始めます。アニメ化それ自体は目的ではなく、読者に楽しんでもらった結果、人気が出てアニメ化するのが自然な流れだと思っています。

──担当する作家さんとの出会いは、どのようにして決まるのでしょうか?

「電撃小説大賞」という新人賞があり、そこの応募作を読み込んでいって見つけます。そこで「この人は!」と感じる人を担当するのが一般的です。そこで“光るもの”を見つけるというか……。

──「光るもの」をどこに見出すのですか?

『とある』シリーズの作者、鎌池和馬さんの応募作は印象深いですね。駅を中心とした不思議な空間に主人公が入り込む……という設定なのですが、駅に電車が到着してドアが開くときの「プシューッ」という音を「炭酸の抜けたような音がした」と表現していて。それを読んだときに、「何これ、面白いじゃん!」って僕は感じたんです。えっと……わからないですよね(笑)。これはもう完全に感覚とセンスの問題です。

面白いのは、編集者によって「いい」と思うところが全然違うところ。僕がいいと思った表現や描写も、他の編集者からすれば理解不能だし、その逆もあります。それゆえに編集の技術や審美眼のようなものって継承するのが難しくて、でもだからこそいろいろな作品が生まれているのかもしれません。

作家と作品にとって、最良の方法を選びたい。だから独立した

──2016年にKADOKAWAを退社し、株式会社ストレートエッジを設立します。キャリアのスタート時点では編集者の仕事に強い熱意はなかったとのことでしたが、この仕事を続けようと思われたのはやはり仕事に愛着が湧いたのでしょうか?

三木一馬さんのキャリアグラフ4

結果的に、僕はすごくラノベの編集者に向いていたんです。小説に対する強すぎる愛着、「こうであるべきだ」という凝り固まった考え方を持っていなかったからこそ、読者のニーズを柔軟にくみ取ることができたのだと思います。向いていることをやると結果も出るし、僕はラノベに育ててもらったといっても過言ではありません。

編集者として僕の至上命題は「本が売れること」。だからアニメ化もその手段のひとつにすぎません。僕が担当作品のアニメ化に積極的に携わるのは、そのアニメをよりよいものにして、アニメで作品を知った人が本を手にしてくれる瞬間を見たいからなんです。僕にとっては、メディアミックスは本の広報活動の一環です。それは今も変わりません。

──徹底して“編集者”ですね! 2014年には電撃文庫編集長にも就任し、2015年には仕事についてまとめた著書も出版。プレイングマネージャーとして活躍後、独立したのはどういった経緯からですか?

僕の先輩の言葉を借りると、「辞めたい理由と、辞めてからやりたいことの両方のコップがいっぱいになったときが辞め時」だったからです。

三木一馬さん川原礫さんとの1枚

一緒に講演するのは『ソードアート・オンライン』の作者、川原礫さん(写真提供:まつもとあつしさん)

編集者として多くの作家さんを担当し、作家さんに対して“生みの苦しみ”をともに味わってきた戦友のように感じることも増えました。そんな中で、編集長として「会社の判断」に従わざるをえないことも増えてきて。折からの出版不況で、比較的好調だったラノベ市場もレーベルが増えて競争が激化していました。作家さんのための判断よりも、会社のための判断をしなくてはいけない場面が増えてきたんです。

もしも、いち編集者だったなら「上の人たちは僕がなんとか説得しますから、やりましょう!」と作家さんに勢いよく言えるんですけど(笑)。こと“上”の立場になってしまったがために、心苦しい思いをするようになりました。

──マネージャーとしてのつらい判断を迫られることが増えたんですね。

それが理由のひとつで、もうひとつはKADOKAWAを離れて、出版社にできない領域に活動の幅を広げていきたいと感じていたんです。

作家さんが生み出した作品をコンテンツとして拡張していくことが、自分にとってとても楽しいことだと気づいたんです。ですが編集長の立場は、特に会社に利益をもたらすことが求められます。

僕は次第に、「それは会社の売上やメリットにつながるのか」という判断から「作品や作家さんにとってメリットがあるか」という判断基準を優先したくなっていったんです。編集長の役割からもっと広いところへ歩みを進めて、大きなコンテンツを作っていきたいという思いから独立を選びました。

ただ、今はまだ「ストレートエッジ」という会社が認知されていない段階です。「元KADOKAWAの三木です」と自己紹介したほうが相手に伝わりやすい(笑)。KADOKAWAの看板を背負っていない自分の力で仕事をとることの大変さを痛感していますね。

作家の夢は叶う時代に。だからこそ、その先も夢を持ち続けてほしい

──ストレートエッジのWebサイトには「個人がメディアになれる」と書かれていますが、そんな時代でも編集者と作家の二人三脚でしか実現できないことはどんなことだと考えていますか?

三木一馬さんの横顔

「カクヨム」「小説家になろう」など、個人が気軽に作品を発表できる場が普及しました。それでも僕たち編集者が関わることで、作品や作家さんにとって新しい道やつながりを作れたらと思っています。

たとえば作家さんが「オリジナルアニメの脚本を書きたい」といえば全力でその環境を作り上げますし、ハリウッド進出だって目指すときはフルスロットルで一緒に頑張ります。それってすごく夢があることじゃないですか。僕たちの会社は、そういった「ドキドキワクワクする夢」をクリエイターの皆さんに提供することを目標にしています。

ラノベ市場は大きく成長し、あまたのレーベルがひしめく時代です。以前よりも確実に入口は広くなっているので、作家としてデビューしやすい。それに、一度ヒット作を書ければアニメ化や劇場版、ゲーム化などいろいろな方向へ作品を展開することもできます。つまり、多くの作家さんの夢は、ある程度はそこで叶ってしまうんですよ。

──作家さんの夢が叶うのは素晴らしいことですが、“叶ってしまう”という言い方をするのはなぜでしょうか?

僕が危惧しているのは、夢が叶ったその後です。作家さんが燃え尽きちゃわないかな? と心配になるんです。夢が叶った、お金もある。「さあ、これからどうしよう?」って。でも、作家の夢って本当はまだまだあると思っているんです。そこを僕たちストレートエッジの力でどんどん切り拓いていきたいですね。

コンテンツ業界に旋風を巻き起こすぞ! なんて、大それたことは考えていません(笑)。僕のキャリアもそうでしたが、ヒット作は後から振り返って「今考えるとアレはすごかったな」と感じるもので、作っている最中には社会や業界にどんなインパクトを残しているかを実感できません。ストレートエッジも、何十年か後、誰かが歴史を振り返ったときに「すごかったな」と思ってもらえるように、がんばっていきます。

三木一馬さんの満面の笑顔

──三木さん、ありがとうございました!

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取材・文:藤堂真衣
撮影:タカハシアキラ
編集:野村英之(プレスラボ)