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ミクシィ創業者の回顧録「アイデアがあるなら具現化しない理由はない」 - ミクシィ笠原健治の履歴書

笠原健治さん(株式会社ミクシィ取締役会長)の履歴書を深掘りします。学生時代に立ち上げた「Find Job!」から、ゼロ年代の象徴ともなったSNS「mixi」、そして「モンスト」「みてね」まで、ヒットサービスの裏側を探ります。履歴書から見えた栄光と挫折とは?

ミクシィ笠原健治さんメインカット

その人は少なくとも、3度もの成功を重ねてきました。
「Find Job!」「みてね」そしてゼロ年代の日本のインターネットコミュニケーションの中心地であったSNS「mixi」を作り出した、株式会社ミクシィの創業者、笠原健治(かさはら・けんじ)さんです。

きっとご本人は、自身のキャリアを安易に「成功してきた」などと表現はしないでしょう。しかし、その来歴を目にした私たちは、どうしても笠原さんに尋ねてみたくなります。「サービスの栄枯盛衰を幾度も経験し、なにが見えてくるのか」と。

日本のインターネット黎明期からサービスを作り続け、さらに、メガヒットゲーム「モンスターストライク」の躍進を見守ってきた笠原さんにご自身の「履歴書」を振り返ってもらい、サービスづくりの根底にある想いと、他者からは想像もできない苦闘の日々を聞きました。

ミクシィ笠原健治さんの履歴書

『ホームページのつくり方』みたいな本を買ってFind Job!を立ち上げた

──大学在学中に起業されたことが、笠原さんのスタート地点だと思うのですが、当時、インターネットサービスを作るなんて、全く一般的なことではないですよね。

そうですね。97年に求人情報サイトの「Find Job!」を立ち上げたのですが、学生時代の始めは、自分がやりたいことが見つからなくて、なんかモヤモヤしていたんですね。でも「起業」という言葉やインターネットという存在が耳目に入るようになってきて、求人関連のサービスならいけるかもしれない、という予感がありました。

「ようやくやりたいことが見つかった」という感触があり、だったらそれを具体化しない理由はない、やるしかないな、と思えたんです。すぐに秋葉原に行って、初めての自分用のPCと『ホームページのつくり方』みたいな本を買って勉強した記憶があります(笑)。

笠原健治さん

笠原健治さん:1975年、大阪生まれ。大学在学中の1997年、求人情報サイト「Find Job!」を作り出す。1999年には有限会社イー・マーキュリーを設立。2004年2月にSNS「mixi」をリリース。同サービスの大ヒットを後押しに株式会社ミクシィに社名変更し、東証マザーズ上場を果たす。その後、2013年に社長を退任し、会長職へとシフトする。「モンスターストライク」も同年リリース。2015年には自身が手がけた「家族アルバム みてね」をリリースし、2019年6月には利用者数500万人を突破する。同サービスは英語圏でも好調で、さらに他言語への対応も進めている。

──本当に一人で始めたんですね。思いついて、即行動、という勢いだったのでしょうか。

もちろん、自分なりに反芻や検証はしてみました。求人サービスは情報を取扱うビジネスであって、販売業などと違い在庫を持つ必要がない。つまり資本力がない大学生の自分でも一人でやれるだろう、と考えたんです。もちろん、ビジネスの経験はありませんでしたが「やってみれば、なんとかなるだろう」と(笑)。

履歴書ハイライト1

2ヶ月くらいでサイトは公開できたのですが、公開時は求人案件の掲載数はゼロ。問い合わせの連絡先も載せていたのですが、どこからも連絡は来ないわけです(笑)。このままでは何も起きないと思って、当時よく売っていた求人雑誌で広告を見ては、「Find Job!にも載せませんか」と電話営業をかけ、少しずつクライアントさんに知ってもらい、掲載が増えていきました。

笠原健治さん

2001年頃の笠原さん(上段右から2番め)。大学卒業前後で、「Find Job!」が急成長していた時期だ。

──ローンチして2年ほどで、「Find Job!」の年商は1000万円に達したと聞いています。手応えを感じる瞬間はあったのですか。

そうですね、あるお客さんから電話がかかってきて、その方は「Find Job!に載せている求人広告を止めてくれ」と。詳しく話を聞いてみると、Find Job!経由でいい人が採用できたのだけれど、その後も応募が続いて困っていると言うんです。サービスが好調なことはログ上ではもちろん認識していましたが、あの電話を受けたことで肌で感じられたんです。

当時は学生だったので、卒業後の進路として就職も考えていました。しかし、「Find Job!」の手応えを感じるほどに、「これをきちんと仕事にしたらどんなに楽しいだろうな」と。それに、起業やネットという熱気の中で生きていきたいと思うようになっていったんです。

手痛い敗北の後に見つけた、mixiという大鉱脈

笠原健治さん

──その後、ミクシィ社の設立につながっていった、と。

99年にミクシィ社の前身であるイー・マーキュリー社を設立したのですが、当時、ぜひやりたかったのがネットオークションで、オン・ザ・エッヂ社*1と共同で「eHammer」というオークションサービスをローンチしたんです。

──なぜオークションを手掛けようと思ったのでしょうか。

オークションとインターネットは親和性が高いと思ったんです。ネットの力でユーザーが集まる。ユーザーが集まると商品も集まる。商品が集まるとさらにユーザーと商品が増えていく、つまり“ネットワーク外部性”が非常に高い効果を発揮するビジネスだと考えたからです。

しかし、オークションとネットの親和性に気付いていたのは僕たちだけではなかった。「eHammer」と時を同じくして、「ヤフオク!*2」や、「ebay*3」といった巨大なサービスが続々と始まっていったんです。

その後、「ヤフオク!」がすごい勢いでユーザーと商品を拡大し、サービスとしての価値が高まっていく……。僕たちが考えていた、“ネットワーク外部性”がきれいに体現されていました。そもそも、ヤフー社が持っていたユーザー基盤は巨大です。当時の僕たちには勝てる要素が見当たらない、と泣く泣く「eHammer」を売却することにしたんです。

──売却当時、どんな気持ちだったのですか。

やはり悔しさはありました。自分が考えたこと、やってきたこと、当時の仲間たちが頑張ってくれたことがゼロになってしまうので。しかし一方では、参入のタイミングやサービスの運営体制など、自分たちに足りないものが見えてきたのも事実です。

──オークションサービスと「mixi」ではかなり毛色が違うと思うのですが、「mixi」の着想はどこから得たのですか。

SNS「mixi」の発想の源になったのは、「フレンドスター」というサービスでした。これはネットに個人のプロフィールが上がっていて、その人が誰と友達なのかも見える。いわば、人と人のつながりが可視化されているサービスです。

非常に興味深いサービスでしたが、同時に感じたのは、「このサービスって使い続けるのかな?」という疑問でした。つながりは見えるのですが、それだけではいつか飽きてしまう。僕たちは「フレンドスター」のようなリアルな人間関係のつながりに、さらに“コミュニケーション”の機能を付加すれば、ユーザーは使い続けてくれるのでは、と考えたんです。

日記やコミュニティ、足あと機能*4といった「mixi」の特徴は、初期から具体的にイメージできました。そして日記の交換だけでなく、mixiのトップから面白い日記やコミュニティにユーザーを誘導する。結果として新たなつながりが生まれれば、ユーザーは面白がって使い続けてくれると思えたんです。

そしていざ蓋を開けると、日記がコミュニケーションの手法として非常にマッチしていた。メッセンジャーのように1 to 1のコミュニケーションだと、まず“伝えること”ありきで、“どうでもいいこと”はなかなか書きにくいですよね。しかし日記なら、日々の徒然を誰に伝えるともなく、気兼ねなく書けます。これは「mixi」の大きなバリューでした。もっとも、このバリューを最初から認識していたかは定かでなく、あとで考えてみた結果かもしれませんが(笑)。

履歴書ハイライト2

──「mixi」をローンチして、「これはいけるぞ!」と手応えを感じた瞬間はあったのでしょうか。

ローンチして1ヶ月ほど経ったころでしょうか、僕の全く知らないユーザーさん同士が盛り上がっているのを見かけたんです。そして、そのユーザーさんのつながりの先にもたくさんのユーザーさんがいて、日記もコメントもすごく活発です。

当時のmixiは登録ユーザーから招待を受けないとユーザーになれないシステムをとっていたので、最初期のユーザーはミクシィ社の関係者か関係者の友人で、見聞きしたことのある名前ばかりです(笑)。しかし、関係者だけに閉じない広がりが感じられた。「mixi」の価値は関係者の間だけではなく、世の中全体に通用する価値があると思ったんです。

ミクシィ上場時の笠原さん

東証マザーズ上場時の笠原さん(左から3番め)。当時はまだ30歳だった。

──その後、2006年にはユーザー数は660万人を突破し、東証マザーズに上場されていますが、渦中にいてどんなお気持ちだったのですか。

街を歩いていても、誰かが携帯でmixiにアクセスしていたり、「昨日mixiでさぁ」みたいな会話も聞こえてくる。自分たちがやってきたことが社会に浸透していく嬉しさは、もちろんありました。

もうひとつ、「mixi」は日本人のネットに書き込む、という行為のハードルを下げることができたと思っています。誰が立てたか分からない掲示板に書き込むのとは違い、「mixi」では親しい友達など、つながりのある人が書いた日記へのリアクションややり取りが中心になるので、精神的なハードルはやはり低くなります。「mixi」がコミュニケーションのインフラの一つと受け止められるサービスになったことが嬉しかったですね。

mixiの画面、2006年ころ

マザーズ上場を果たした2006年ころのmixiの画面。

──匿名であることがインターネットコミュニケーションの基本だったと思いますが、「mixi」はニックネーム制で匿名性が低いです。ユーザーに受け入れられると考えていたのですか。

そこはチャレンジでした。「フレンドスター」を見たとき、ユーザーが実名で情報を出していることに僕自身かなりの衝撃と違和感を感じていました。しかし同時に、この違和感こそがサービスとしての魅力なのだろうと。実名に近いインターネットコミュニケーションが日本で受け入れられるかは、未知の挑戦でしたが、蓋を開けてみると、多くの方が実名に近い状態でコミュニケーションを楽しんでくれたんです。

マイミク関係の「老朽化」を感じた──向き合った、大きな壁

──「mixi」だけでなくSNSが盛り上がっていく中、2008年にTwitter、Facebookが相次いで日本語対応しました。当時、両サービスをどのように見ていたのですか。

他のSNSに対する危機感はもちろん感じていて、だからこそ「mixi」は、ほんわかした居心地のよさ、本音を言い合える空間であること、といった「mixiだから実現できる価値」をもっと尖らせ、磨いていくべきだと感じていました。

──2011年前後、Facebookの台頭によって、「もう時代はmixiではない」という見方もあったと思います。

他の方に言われることを気にしすぎてもしょうがない、という感覚です。当時はただただ「mixi」というサービスに向き合っていたと思います。しかし一方で、「mixi」というサービスの魅力の一部が老朽化しつつあることも感じていたんです。

笠原健治さん

「mixi」にはユーザー同士のつながり、マイミク(友人)のコミュニケーションと、趣味や興味関心で見知らぬユーザーがつながり広がっていく、いわばコミュニティとしてのコミュニケーションがあり、この2つのコミュニケーションが交差し広がっていくことが「mixi」の価値なのだろう、と考えていたんです。しかし、マイミク関係のコミュニケーションの広がりがなくなりつつあることを感じていました。

──ユーザーの友人関係が広がらなくなっていった、と。

その理由の一つには、FacebookやTwitter、あるいはLINEなど他社の優れたサービスとのユーザー獲得競争が激しくなっていたこともあるでしょう。しかし、最も課題だったのは、ユーザーがマイミク関係を最新の友人関係に更新する後押しをしきれなかったことだと考えています。

2004年にユーザーになってくださった方を例に考えると、2010年代になると学校を卒業したり、転職したりと友人関係は大きく変化します。SNSは本来、「いま最もホットな友人関係」を反映させるべきだと思いますが、「mixi」はそれがうまく機能しなかった。

──2011年6月にはmixiの特徴でもあった、「足あと」機能が「先週の訪問者」機能へと変化*5したことが話題になりました。

「足あと」機能の変更は、マイミク関係をリフレッシュしやすくするための施策のひとつでした。誰がページを見ているかリアルタイムに分からなければ、より気兼ねなくそれぞれのプロフィールページを見に行けるので、マイミク関係を広げやすくなる、友人関係を更新する後押しになるのではないか、という仮説を持っていました。

しかし結果的には、「誰かが訪問してくれた」とリアルタイムに分かること自体がコミュニケーションであり、それを阻害してしまった。ユーザーさんにもネガティブに捉えられてしまいました。

このような試行錯誤を繰り返しましたが、ユーザーさんの友人関係をアップデートするための最適解、理想の状態が見つからなかったんです。「mixi」に向き合ってきた中で直面した、大きな壁でした。

──以降、現在へと連なる「mixi」はどのようなサービスになっていったのでしょうか。

注力したのは、コミュニティとしての楽しさをユーザーさんに提供することです。これは「mixi」が誕生して以来、ずっと大切にしてきた要素ですが、2012年ころから、コミュニティ、つまり横の広がりを通じて生まれるコミュニケーションを後押しする工夫を続けています。「mixi」はいまも脈々と利用され続けていて、先日行ったアンケートでは、現在も「mixi」を利用されているユーザーさんのうち、7割以上の方が毎日「mixi」を見てくださっているんです。

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「モンスト」「みてね」へとつながるmixiのDNA

──2013年には、新規サービスの創造に注力するべく、会長職に退かれています。そして同じ年、「モンスターストライク(以下、モンスト)」が発表されています。モンストは現社長である木村弘毅さんが主導されたものですよね。

モンスト以前も社員が発案した新規事業やアイデアを見守る経験はありましたが、あそこまで大きく飛躍するサービスの「ゼロからイチ」を見守るのは、初めての経験でした。

でも、正直に言ってモンストの企画を聞いた当初、ヒットするかどうかは分からなかった(笑)。「友達と同じ空間でワイワイ楽しめる」「キャラクターを引っ張って、敵に当てる」というモンストの特徴的な要素には、もちろん大きな魅力を感じていました。しかし、サービスの行くすえは誰にも分からないので、楽観視はできません。ただ、開発を進めていたメンバーから、「このゲームは面白い」と聞かされてしましたし、彼らには確信があると感じていました。

──メンバーの熱量を信じたと。

そうですね。特にモンストの生みの親であるプロデューサーの木村は、「絶対にイケる」という確信を持っていたと思います。

──モンストには、友達と一緒に楽しむ、という「mixi」と共通する基本要素を感じます。

mixiは友達とワイワイ過ごすことに大きな価値がある思いますし、モンストもそれは共通しています。友達と楽しむ、友達が友達を呼んでまた楽しむ。友人同士の間で伝染していく楽しさを提供する、とはmixiからモンストに通じるミクシィ社のDNAだと木村は言います。

友達をどんどん巻き込んでいくことで生まれ、広がっていく楽しさは、僕もよく認識しているつもりです。しかし、木村は僕よりもはるかに、いや、誰よりも「友人間で広がっていく楽しさ」を信じていた。だからこそモンストを生み出せたのでしょうし、大きなヒット作になったのでしょう。

──「みてね」は家族間で子ども写真や動画を共有しあうサービスです。これもやはりmixiやモンストにも通じるものがありますね。

みてねの画面

「みてね」は子どもの写真や動画を家族に共有でき、コメントしあえるサービスだ。

mixiが持つ価値のコアの部分は“仲のいい人との、深いコミュニケーション”です。これをさらに突き詰めた、家族というすごく近しい相手との気兼ねないコミュニケーションを生み出すのが「みてね」だと考えています。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、家族みんなが大好きな“子ども”というトピックを通じて生まれる心地よいコミュニケーションが「みてね」のコアの価値であって、やはりmixiをやってきた経験があってこそのサービスだと思います。

「みてね」は「世界中の家族の心のインフラをつくる」という理想を持っています。さまざまな形の家族が子どもを通じて会話し、エールを送り、触れ合える状態を作りたいんです。子どもにとっても、将来「みてね」を見返したときに自分がどんな風に成長してきたのかが分かるでしょう。

僕の家族の話ですが、義理の父が先日亡くなってしまったのですが、写真に添えてくれたコメントはいつまでも残ります。子どもがそのコメントを理解できるようになったら、自分が祖父からどんなふうに愛情を受けてきたかを分かってくれるかもしれない。これはとても豊かな経験になると思っています。

笠原健治さん

──最後に素朴な質問なのですが、なぜこんなにたくさんのサービスを生み出せたのですか。

「恐れずに飛び込んでみよう」と思えるタイプであることが大きいかもしれません。そもそも「Find Job!」を始めたときも、自分になにか強みがあったわけではなく、あったのは「このアイデアはイケてるぞ!」という思い込みだけです(笑)。

しかし、「これはイケてる!これがやりたい」と思えるアイデアがあるだけで素晴らしいことだと僕は思うんですね。アイデアがあるならそれを具現化しない理由はないですし、躊躇しているのはもったいないです。

そして、アイデアを形にする過程がすごく楽しい。独りよがりかもしれないけれど、なにか発想を得る。発想が世間に受け入れられるか検証する。形にしてみて、誰かのフィードバックをもらい作り込んでいく。そしてその先にいるユーザーに届ける。上手くいくことばかりではありませんが、自分のアイデアにユーザーが驚き受け入れてくれることを感じるのは、何にも代えがたい楽しさがあると思っています。

──ありがとうございました!

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撮影:小野奈那子

*1:堀江貴文氏が創業。後のライブドア社。

*2:当時は「Yahoo!オークション」。

*3:アメリカ発のインターネットオークションサービス。1999年に日本に参入し、2002年に撤退。その後、2018年に日本展開を再開。

*4:自分の日記を誰が閲覧したのかが分かる「mixi」の機能。

*5:「足あと」機能は2011年6月に「先週の訪問者」へと名称 / 機能変更された。ページ訪問者のリアルタイム表示がなくなり、1週間の間に訪問したユーザーがレポートされることに。「足あと」機能の変更はmixiユーザーの間で大きな議論を呼ぶこととなった。なお訪問者のリアルタイム表示機能はユーザーの要望に応える形で、のちに正式に復活した。