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エンジニアのためのDevRel入門 ─ 外部の開発者と信頼関係を結んでコミュニティでファンを増やす

エンジニアリングとマーケティングをミックスしたDevRel(Developer Relations)という活動が注目を集めています。日本アイ・ビー・エムでデベロッパーアドボケイトを務める萩野たいじさんに、エンジニアが果たすべき新しい役割として、DevRelの現状を聞きました。

エンジニアのためのDevRel入門

ITやソフトウェア開発において、プロダクトやサービスの利用を牽引するエバンジェリスト(evangelist)やアドボケイト(advocate)といった役職を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。最近ではそういった役割の活動の1つとして、DevRel(Developer Relations)が認知度を高めてきています。

DevRelを直訳すると「開発者とのつながり」となり、外部の開発者と自社との絆を深める活動を意味します。DevRelの国際的なカンファレンスであるDevRelConも、東京で4回目の開催となる「DevRelCon Tokyo 2020」がこの2月末に予定されています。

DevRelCon Tokyo 2020 – DevRel、開発者マーケティング、DX、APIに関するマーケティング

しかし、実際にDevRelを実施している企業もまだ限られています。日本アイ・ビー・エムでデベロッパーアドボケイト(Developer Advocate)を務める萩野たいじさんに、エンジニアが果たすべき新しい役割として、DevRelの現状についてお聞きました。

萩野たいじさん

萩野 たいじ(はぎの・たいじ)
日本アイ・ビー・エム株式会社 デジタルビジネスグループ デベロッパー・アドボカシー事業部 Developer Advocate taiponrock
元美容師で元音楽家。ソフトウェアエンジニアへ転身後、有限会社アキュレートシステムを起業。その後、商社系SIerを経て、現在はIBM Globalチームにて、Developer Advocateとして技術者へリーチしたマーケティング、DevRel(Developer Relations)を展開。エールビールが大好きな二児の父。著書に『開発者向けマーケティング DevRel Q&A』(インプレスR&D、2019年)『はじめてのNode-RED』(工学社、2018年)など。

カンファレンスをきっかけに世界に広がったDevRel

──外資系IT企業やWeb企業を中心に、DevRelに取り組む企業が増えてきています。まずDevRelの歴史から教えていただけますか?

萩野 DevRelの概念自体は古くて、テクニカルエバンジェリストの誕生は1980年代まで遡ります。実際にロールとして確立し、世の中に認識され始めたのは2000年代に入ってからですね。

DevRelという言葉が今のように広まったのは、ロンドンのHoopyという会社がDevRelをキーワードに活動を始めたこともきっかけの1つです。Hoopyは、2015年にDevRelCon Londonを開催して成功させ、その後DevRelConというカンファレンスは世界各地で開かれるようになりました。

萩野たいじ (IBM) - 基調講演:DevRelで作る開発者の未来 DEVREL/JAPAN CONFERENCE 2019 より

日本でも同じくらいの時期に、DevRelを広めようとMOONGIFTという会社が事業を始めています。私は2016年のDevRelCon Londonに登壇したんですが、そのときMOONGIFTの中津川篤司@goofmintさんがHoopyとDevRelCon Tokyo開催の話を進めており、そこに私も加わって翌年の開催につながりました。

──萩野さん自身がDevRelに関わり始めたきっかけはどういったことですか?

萩野 前職ではシステムインテグレーターをやってたんですが、部署がR&Dに変わって、企業の特徴やスペシャリストの存在を社内外に認識させるタスクフォースが立ち上がり、そのメンバーになったんですね。そこでたどり着いたのがエバンジェリストという役割でした。

2015年ごろに「DevRel Meetup in Tokyo」というコミュニティと出会ったんですが、当時は中津川さんがひとりで運営していて、じゃあ私も一緒に運営を手伝いますと手を上げて、そこからコミュニティ運営に携わるようになりました。

devrel.connpass.com

DevRelの仕事は開発者と信頼関係を結ぶこと

──DevRelの担い手として「デベロッパーアドボケイト」や「テクニカルエバンジェリスト」という職種がありますが、それぞれの役割はどう違うのでしょうか?

萩野 定義は人それぞれ違いますが、一般的にテクニカルエバンジェリストは自社のサービスやプロダクトを世に広め、アピールするのが仕事です。

デベロッパーアドボケイトは、そのような活動もしますが、開発者の声を聞いてフィードバックし、製品改善のプロセスまで入り込むところが違います。乱暴に言うと、一方通行か、ラウンドトリップかという違いがあります。

IBMでいうと、テクニカルエバンジェリストは昔から製品のチームごとにいますが、私が所属しているデベロッパーアドボカシー事業部はグローバルのチームになります。

──萩野さん自身は、どういった活動をしているのですか?

萩野 僕らデベロッパーアドボケイトの役割は、外部の開発者の人たちとIBMという会社の間に「開発」というキーワードで信頼関係を作っていくことなんです。開発者の人たちが困っていることがあるならば、一番ベストな解決策を考える。その結果、時には自社ではなく競合他社のプロダクトを引っ張ってくることもあります。

開発者から「セールスに来たんだな」と思われた瞬間に信頼がなくなる可能性がありますから、セールス寄りの行動や発言は基本的にしてはいけないスタンスです。大事なのは「この企業にいるデベロッパーアドボケイトという人たちは、開発者視点で自分たちのことを見てくれているんだ」という信頼を結ぶことで、その結果、何年か先かもしれないけれど、自社のサービスを選び、製品を使ってくれるかもしれない。

そこを目指して種まきをするのが、僕らの仕事です。

──DevRelはマーケティング施策と言われていますが、開発者・技術者としての視点が必要なのですね。

萩野 むしろ、デベロッパーアドボケイトやテクニカルエバンジェリストは、技術者でないとできない仕事だと思います。相手が開発者なので、最低でも同等に近いスキルを持っていないと話ができない。いくら「この技術はすごい」と説明したって、本人に作れる力がなかったら信用してもらえないでしょう。まず、自分自身がデベロッパーである必要があります。

萩野たいじさん

開発者コミュニティを中心に関係を築く

──具体的にはどのような形で開発者とコミュニケーションを取っているのですか?

萩野 デベロッパーアドボケイトの活動では、開発者コミュニティに足を運んで、輪を広げていくことが多いですね。勉強会に登壇したり、運営に加わったり、時には単純に参加者となることもあります。あとは、カンファレンスでスピーカーとして登壇すると、参加者から声を掛けられることが多いので、それがコミュニケーションのパイプになります。

もう少しエンタープライズ、ビジネス向けの活動としては、セールスやコンサルタントのセクションと一緒に、お客さんやパートナーの話を聞きに行くこともあります。セールスやコンサルタントの立場では話しづらいことを僕らが引き受けて、信頼関係を築いてくことをやっています。

──どちらの比重が高いのでしょうか?

萩野 コミュニティベースで動いていることが多いですね。私が関わっているコミュニティの中でもっとも比重が高いのは、Node-RED日本ユーザ会で、これは運営もやっています。

Node-RED日本ユーザ会

Node-REDというのは、IBMが作ったIoTアプリ開発のためのビジュアルプログラミングツールで、開発したのはIBM UKですが、完全にオープンソースで、Linux Foundationのプロジェクトとして公開されています

Node-RED

一般的に「IBMといえばメインフレーム」みたいなイメージを持たれている方が多くて、オープンソースのイメージはあまりないと思いますが、実はすごくコミットしている会社なんですよ。

先ほど、デベロッパーアドボカシーのチームはグローバルだと言いましたが、チームには開発者もいて、デベロッパーエコシステムなグループとして成り立っています。その中にオープンソースの開発チームもあり、Node-REDはそこで開発されています。

僕らがユーザーグループから改善の声を集めてリストにして、イギリスまで足を運んで開発チームとディスカッションを行い、その場でひとつずつ対応を決めるということもやっています。

──オープンソースということは、改善してほしい外部の開発者が直接ソースコードにアクセスして、開発に参加することも可能だと思いますが。

萩野 もちろん直接コントリビューターとして活動してもらうことも可能ですし、やっていらっしゃる人もいます。

でも「なかなかそこまでできないが、声は届けてほしい」という開発者も多いんですね。OSS開発の知識を十分に持っていない方も実際にはたくさんいますが、ツールとして出回っていればそういう開発者にも使われることになる。そのギャップを埋めるのも、デベロッパーアドボケイトの活動の一部です。

──先ほど「ラウンドトリップ」と言われていたのは、そういうことなのですね。

† Linux Foundation傘下で、2019年3月にNode.js FoundationとJS Foundationが合併して設立されたOpenJS Foundationにホストされている。

コミュニティは技術スコープの変化に沿って

──開発者コミュニティの話をもう少し聞かせてください。ほかにはどんなコミュニティで活動されていますか?

萩野 運営で参加しているコミュニティはいくつかあって、最初にお話しした「DevRel Meetup in Tokyo」もそうですし、ほかにはWebの技術を勉強するDISTというコミュニティの運営にもかかわっています。

DIST - connpass

これは会場が東京の中野地区から出ないっていう地域限定の勉強会なんですけど、にもかかわらず毎回100人以上が集まるとても活発なコミュニティです。たまに私も登壇して、IBMクラウドの話をしたりしますが、それだけの人数に「せーの」でリーチできるのは大きな意味があります。

──自社の製品に直接関係のないコミュニティにもかかわっているんですね。

萩野 そうですね。そもそもNode-REDにしてもIBMに入社する前から好きで、コミュニティの立ち上げと運営にかかわっていたんです。

ほかに今は活動停止してしまいましたが、マイクロソフトのクラウドのエンジニアと2人でクラウドでのアプリ開発者とコミュニティを立ち上げたこともありました。自分の技術スコープも変わっていくので、その時の興味に沿ったコミュニティにかかわっています。

今もちょうどブロックチェーンをテーマに、IBMとマイクロソフトとオラクル、3社で新しいコミュニティを立ち上げたところです。日本ではブロックチェーン技術をエンタープライズ向けに使える技術者がまだまだ少ないので、3社の意見が「もはや会社を意識している場合じゃない」という危機感で一致して、コミュニティの立ち上げにつながりました。2月には第1回の勉強会を開きます。

【IBM/MS/Oracle共催】エンジニアのためのエンタープライズブロックチェーン超入門 - connpass

萩野たいじさん

参加者は増えているが実践の場はこれから

──DevRelが自社の利益だけを追求するのではなく、外部の開発者や他社と共に成長していく方向を向いているのはとても面白いと思いますし、今の時代にも合っていると思いますが、広がっている実感はありますか?

萩野 カンファレンスに参加する人は増えていて、キーワードとしては広まってきているように思います。特に、サービスやプロダクトを提供している会社には間違いなく広まってますね。

ただ、人数の規模は国内であまり多いとは言えず、世界展開している大きな会社であっても、日本の拠点にDevRel担当は1人だけということも珍しくないのが現状です。DevRelの活動は投資の意味合いも強いので、特に小さい会社ではDevRelと別の仕事を兼務している方も多いです。

さらに受託開発が主業の会社では難しいですね。そもそも開発者マーケティングなんて必要ないと思われているところもありますし、マーケティングや広報すら社内であまり機能していなかったりする。営業が足を運んで仕事を取ってくるほうが早いという考えです。

ただ、時代は変わりつつあって、受託開発の限界が何年も前から叫ばれているように、自社の技術力や特徴を外部に向かってアピールしていくことが大事になっています。

DevRelでは、それまで付き合いのなかった分野にもリーチできるので、そこにも意味があります。実際に前職でも、DevRelの活動がトリガーになって引き合いが来たことが何回もありました。

──現状を打破したいエンジニアにとって、DevRelが新しいチャレンジという意味もありそうですね。

萩野 コミュニティに参加している人の中でも、僕らのように仕事でDevRelを担当するケースは少なくて、システムインテグレーターでSEをやっていたり、情シス部門所属の方もいます。

業務外に自己研鑽として参加し、中には転職を考えてる方もいるとは思いますが、DevRelの情報を集めて自社で生かしたいという方が多いですね。

DevRelという新しいキャリアパス

──自社に生かすにしても転職するにしても、エンジニアの新しいキャリアパスとしてDevRelという選択肢もあるでしょうか?

萩野 エバンジェリストやアドボケイトには向き不向きもあるので、全てのエンジニアが目指す必要はありませんし、特定の技術をディープに突き詰めたい技術者はそちらをやったほうがいいかもしれません。

ただ、これまでの一般的な技術者のキャリア、プログラマーからSEになり、プロジェクトマネージャーをやって、最終的にCTOやCIOを目指すというだけではなく、マーケティングとエンジニアリングをミックスした新しいキャリアパスがあることは、特に外に出て人に影響を及ぼす仕事がやりたい人にとって、道が開けるのではないでしょうか。

──DevRelに向いているのはどんな人ですか?

萩野 開発者の素地があった上でですが、マーケティングやコンサルティングのスキルは必要です。

あとは、自分の名前が出ても問題ないと思える人でないと難しいですね。エバンジェリストとかアドボケイトをやっていると、インターネット上やメディアに自分の名前が残っていきます。狭い領域ではありますが、パブリックな人間として活動しなければならないので、自分の中でプライベートと線を引いて活動できる必要がありますね。

そして、何より自分が広めたいサービスやプロダクトに対する愛情。好きでもないものを世に広めることは難しいので、まずは自分が製品を好きである必要があります。

──自分が所属している会社や製品が嫌いになったらつらいですね……。

萩野 だからDevRelの担当者では転職する人もけっこういます。自分が「いいな」と思ったサービスやプロダクトの提供側に移って、広める側に立つんですね。

エバンジェリストやアドボケイトというロールをやることと、どこの会社のどんなサービス・プロダクトならやりたいかということは、常にセットで考えるべき問題です。

萩野たいじさん

個人としてインフルエンサーになること

──萩野さん自身はどういうキャリアパスでDevRelになったのですか?

萩野 実は、もともと私はIT業界とは全く違う業界を目指していたんです。初めは美容師、そしてもうひとつやりたかったのがミュージシャン。学校を卒業後、美容師として就職し、それから音楽業界に入って4年くらい活動を続けていたんですが、いわゆる「食えない」状況だったので心機一転、別業界を目指したんですね。ただ、Webデザイナーになろうと思っていたのに、志望職種を間違えてプログラマーになってしまった(笑)

プログラマーもやってみたら面白かったんですが、特に今のDevRelというアクティビティは、個人的にとてもぴったりはまったロールだったと思います。

──どのあたりが向いていたんでしょう?

萩野 私が目指していたミュージシャンや美容師にはDevRelと共通点があって、自分が広めたいものの良さを自分なりに周りに伝え、理解してもらってファンを増やしていくという仕事なんですね。ミュージシャンだったら自分の曲を演奏したり、音源を配布したりします。美容師だったらカットやスタイリングの技術を知ってもらって、お客さんを増やす。DevRelも同じです。

僕らはIBMという会社でデベロッパーアドボケイトをやっていますが、同時にひとりずつが個人のブランドとして活動することが重要になる。「この人」が発信していることに意味があり、影響力がある、インフルエンサーになることが大事なんです。

──なるほど。それは、これからのエンジニアに必要なことかもしれませんね。

萩野 今までの開発者としての常識に縛られないで、自分が興味のあることに手を伸ばしていくと、新しい何かが見つかると思います。うちの会社はこうだからとか、あの人だからできるのであって自分にはできないとか思わずに、面白そうだと思ったら全部1回は手を伸ばしてみてください。開発者としてのキャリアがぐっと広がります。

萩野たいじさん

取材・構成:はてな編集部、森嶋良子

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